KAI FACT magazine
関市に受け継がれた心を磨く鍛錬。
FACT  No.03

関市に受け継がれた
心を磨く鍛錬。

「鍛錬とは、日本人の心。無心の境地になったときに、美しい刀が生まれる」とは、岐阜県関市の刀匠、二十五代藤原兼房さんの言葉だ。鍛錬とは、加熱した玉鋼の塊を叩いて不純物を取り除き、〝折れず、曲がらず、切れ味のいい〟刃物を作る日本刀の伝統技法を差す。鎌倉時代、九州の刀匠元重によって日本刀が初めて関市に伝えられ、二代目孫六兼元が〝四方詰め〟という折り返し鍛刀法を考案。戦国時代には、その頑丈でよく切れる刀が武将たちから支持され、戦乱の時代が遠のいても、約800年もの間、関市の刀鍛冶は代々受け継がれてきた。「上質な焼刃土と、炉に使用する松炭、そして、長良川の清らかな水。刀を作るのに、理想的な風土条件が関市に揃っていたからでしょう」と刀匠。玉鋼と無心で対峙するときに必要なことは何か? と尋ねると、「炎がすべて教えてくれる」という答えが即座に返ってきた。
 「火床に空気を送り込んだとき、砂鉄がパチパチと弾ける音や、赤からオレンジ色、そして、黄色く染まる瞬間。炎は、鋼の状態だけでなく、あらゆることを教えてくれる。炎は、私にとって道しるべであり、師匠。その炎の中に、祖先たちの表情、刀鍛冶に脈々と流れる精神、そして、代々受け継がれてきた技が現れるのです」。
 五感を研ぎ澄まし、先人を敬い、無心で叩く。その後、焼刃土を塗り、刃文を描いてから焼き入れを行うが、そのときイメージするのは岐阜の大自然だという。
「関の山々と長良川の清流が刀鍛冶を根付かせた。私の魂の根源はこの自然です」。
 いい刀の条件を聞くと「真心がある刀」と刀匠。その刀を作るには、どれほどの時間を要するのかと聞くと、「わからない。私もまだこの道40年ですし」と返ってきた。その〝まだ〟という言葉がずっしりと重たかった。鍛錬するということは、叩いて刀を強靭にするだけではない。年月をかけて、自然や祖先を尊ぶ心を磨くことだ。
二十五代藤原兼房さんによる刀。
「焼きでイメージしたのは、岐阜の壮大な山々」と刀匠。刃紋を光にかざすと、木目を思わせる美しい模様が浮かび上がった。
自宅の裏手にある鍛錬場では折り返し鍛錬で使用する道具が30以上も整然と並んでいた。
刀匠と弟子が打つ相槌の音がリズムよく交互に鳴り響き、張りつめた空気が漂う。
関の刀匠、二十五代藤原兼房さんの鍛錬場にて。
“相槌を打つ”の語源は刀鍛冶。刀匠が台を小鎚で打ち、その音に合わせて、弟子が燃
える刀身を大鎚で叩く。火花が激しく飛び散り、緊張感に包まれる。
息の合った折り返し鍛錬が続いた。
刀匠・二十五代藤原兼房。1957年岐阜県関市生まれ。
1975年に人間国宝である刀匠、月山貞一のもとに入門。
1983年に父・二十四代藤原兼房に師事し、現在は全日本刀匠会で事業部代表を務める。
ロシアやドイツなど、世界に関の刀鍛冶を紹介し、受賞歴も多数。

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