ART

ジェフ・ミルズインタビュー。ブラックホールをテーマにした作品で表現したもの、“整える”ことの重要性

去る2024年4月1日(月)、新宿のZEROTOKYOでジェフ・ミルズ(Jeff Mills)がライブ・オーディオビジュアル作品『THE TRIP -Enter The Black Hole-』のワールドプレミアを開催した。

ジェフ・ミルズといえば、ご存知の通りデトロイトテクノのパイオニアであり80年代よりテクノやミニマルミュージック、近年ではオーケストラなどとの音楽を通じて独自の宇宙観を表現してきた現代アーティストでもある。

そんなジェフ・ミルズによる公演は<もし私たちがブラックホールの中に入ることができたらどうなるのか? ブラックホールの反対側には何があるのだろうか?>という疑問を探究したものであり、5つの理論的なシナリオを掲げたうえで展開された。このシナリオはCOSMIC LABがAIで生成したというコミックでも表現していた。

ジェフ・ミルズからは「ブラックホールに向けての宇宙の旅で何が起こるのか、そのテーマを探求できることをとても楽しみにしている。テクノが創造された本当の理由がここにある」というステートメントが発信されていた。音楽はもちろんのこと、映像やダンス、衣装のデザインに至るまで、すべてをジェフ・ミルズ自身が監修している点もポイント。

総合演出、脚本、音楽はジェフ・ミルズ。その宇宙観/思考をCOSMIC LABが映像演出で拡張し、コレオグラファーとして梅田宏明、各出演アーティストの舞台衣装はFACETASMのデザイナー落合宏理が手掛けている。また、戸川純がシンガーとして参加した。そして、貝印によるグルーミングツールブランドAUGERがプロジェクトをサポート。ステージに設置された宇宙船を操作する操縦席を彷彿させる装置には、そのままAUGERという名前が名付けられた。

このブラックホールをテーマとした世界初の公演について、後日、ジェフ・ミルズにメールインタビューを行った。

ブラックホールというコンセプトは精神を想像の世界に置くための装置

ー『THE TRIP -Enter The Black Hole-』のライブ前、ジェフさんは「ブラックホールに向けての宇宙の旅で何が起こるのか、そのテーマを探求できることをとても楽しみにしている。テクノが創造された本当の理由がここにある」というメッセージを発信されていました。改めてブラックホールをテーマにした理由と、ブラックホールに感じる魅力について教えてください。

テクノが創造された本当の理由がここにある、というのは明らかな事実です。テクノミュージックは、音楽を通じて未来のことを考え表現しようとするジャンルです。それは、リスナーに今の時代ではなく、未来の何かを聞いたり感じたりしているかのような感覚を抱かせます。ブラックホールに出入りするというテーマにしたのは、あらゆる生き物に訴えかけるコンセプトがほしかったからです。宇宙空間に存在する生きとし生けるものが、決して遭遇することのできない現象を題材にすることで、私たち全員が同じ視点・関係・感覚で観察することができると思いました。ブラックホールは、もしかしたら前世や死後の世界があるかもしれない、といったことに思いを巡らせる土台になります。

また、遠い将来には、このテーマがより広く認識され、探究されるようになるだろうと想像しています。その想像を前提に、私は、遠い未来に歴史的な意味で考えられるような、電子音楽によるクリエイティブなステートメントを発表したかったのです。具体的に言うのであれば「2024年、日本の東京において、会場満杯の人々が、視覚、聴覚、ライブ・パフォーマンスを通じて、異次元の現実を体験することがどのようなものかを再現しようとした。その名は『THE TRIP -Enter The Black Hole-』という出来事だ」という記録を未来に残す、ということです。

ーブラックホールをテーマにした作品を制作するにあたって、どのように音楽制作を進めていったのでしょうか?

まず、ブラックホールの向こう側に出てから、現実のアウトラインを数多く作りました。例えば、“Time In Reverse”(終点がゼロである時間の反動)。この部分のサウンドは、子供の頃に自転車に乗っていて、前に進むうちにチェーンが緩んで外れてしまうような感じをイメージしました。それでも前へ前へと進みながら、目的もなく漕いでいる。この感覚を観客に味わってほしかったんです。それを再現できるように、音、シーケンス、テンポを選びました。

ー「矛盾 – アートマン・イン・ブラフマン」と「ホール」の2曲は戸川純さんがボーカルを担当しています。戸川さんを起用された理由を教えてください。

戸川純さんは、複雑なテーマを音楽と歌詞で表現する素晴らしい能力を持っているアーティストです。今回のコンセプトには、天界から知識と知恵を語るのような存在が必要だったのですが、戸川さんのキャリアとアイコン的なステータスを考えると今作に完璧にマッチしていると思ってオファーしました。完成した楽曲を聴いて、その判断が正しかったと感じましたね。戸川さんのことを知る多くの人々は、今回のコンセプチュアルなポジションに戸川さんがいることに共感してくれたと思います。

ブラックホールを巡る旅として映像と音楽がシンクロしながら展開されたライブ。ここではないどこかに佇んでいるような心持ちにさせられた。ライブ終盤ではジェフ・ミルズによるライブパフォーマンスが展開され、目まぐるしく変化していくサウンドに酔いしれた。文字通り、スペースオペラのような重厚感とトリップ感が溢れるショウであった。

ー4月1日にZEROTOKYOで開催された『THE TRIP -Enter The Black Hole-』は非常に衝撃的なものでした。初披露だったショウを終えた今、振り返ってみて感じたことを教えてください。

このようなコンセプトでライブをしたことは今までにありませんでしたが、異次元の現実に関する理論を表現しようとするという目的をしっかりと達成できたと思います。ブラックホールに入るというストーリーは、私たちの精神を想像の世界に置くために必要な要素でした。いったん境界線を越えて向こう側に出てしまえば、予測不可能な未知の世界へ精神を運ぶことができます。それこそが私の目的なんです。コンテンポラリーダンス、ライブパフォーマンス、没入型ビジュアルといった複数のアートフォームが、1つコンセプトに基づいて具体化されるということは、約45年以上にもわたってエレクトロニックダンスミュージックのシーンから抜け落ちていたものです。

この『THE TRIP -Enter The Black Hole-』のコンセプトに基づいて生み出されたものは、今後のエンターテインメント業界全体において参考になっていく可能性が高いと思います。それだけではなく、私たちの生活の随所に影響を及ぼすのではないでしょう。でも、何よりも重要だったのは、芸術的かつ概念的な考え方を持って電子音楽をプログラミングすることです。

クラシック、ロック、ジャズといった他ジャンルの音楽とは異なり、電子音楽(より具体的に言えばテクノ)は、自由で、エキゾチックで、予測できない音楽です。だからこそ、ブラックホールというテーマに電子音楽を適用することは理に適っていると思います。電子音楽がどうあるべきかについてのルールがまだ存在しないからです。

ー公演の後半は完全なるライブパフォーマンスであり、展開が予測できなかったオーディエンスが大熱狂していました。実機を操作することは、もともと予定されていたことだったのですか?

即興的で、自然発生的なリアクションが公演に必要だと考えていました。自分自身を含め、何が起こるかわからない。次に起こることが、観客の反応によって形作られ、その場で変化していく、そんな時間を盛り込みたかったのです。

ーCOSMIC LABと共同制作したビジュアル作品について、どんなやり取りを行ったのか教えてください。

視覚的なイメージは、音楽よりも先に計画を練っていきました。最初の話し合いでは、ライブパフォーマンス上で観客にどう感じてほしいかを想像しながら、COSMIC LABに説明しました。例えば、オーディエンスは宇宙空間の中にいて、惑星や月、星を見るように、遠くの何かを見ているような感覚になるようなビジュアルになってきます。そういう感覚を共有していったんです。口頭のときもあれば図を書いて説明することもありましたね。

ーコスチュームはFACETASMのデザイナー落合宏理氏が手掛けられました。宇宙服を彷彿させるウエアでしたが、なぜ宇宙服だったんでしょうか?

これは単純明快で、宇宙に行くには宇宙服を着る必要があるからです。そこで、宇宙飛行士が着るようなコスチュームを作るということ念頭に計画を進めていったんですが、ブラックホールに到達するには、何十年も宇宙空間を旅しなくてはいけないので、それをどう宇宙服に表現するかについて話し合いました。擦り切れて傷だらけになっているように見えるような加工を施したいと考えたのですが、それを落合氏をはじめFACETASMの全員が内容を理解して完璧なコスチュームを生み出してくれました。

ーライブの際に座っていた操縦席(コンソールパネル)の名称はAUGERでした。デザイン的に気に入っている部分はありますか? また、AUGERとコラボレーションすることで感じたことを教えてください。

コンソールパネルのデザインは素晴らしかったです。コンセプトとパフォーマンスに必要な技術的ワークスペースを反映した、とても洗練されたデザインでした。ライブ中に座ることはめったにないのですが、今回のストーリーを踏まえると、自分の役割は、ブラックホールへ入るスペースシップ(会場)を運転し、操縦することだったので、このような操縦席を作ることになりました。『THE TRIP -Enter The Black Hole-』のような作品には、同じように未来を見ている信頼できるスポンサーが必要になるのですが、AUGERと良いパートナーシップを築くことができて、とても嬉しかったです。今後も多くの旅を一緒に探究できることを願っています。

自分をしっかりとケアして整えておきたい

ーここからは“整える”作業について教えてください。どのようなときに心を整えていますか?

ライブの本番が近づくにつれて脳内でミスが起きないかチェックをします。そして、ベストな方法でアイデアを実現させる手順を再確認します。同時に、何かが起こったとき用のバックアッププランも常に考えて用意しています。ただ、私は冷静さを保つように精神を鍛えているので、想定外のトラブルが発生しても、観客が私の表情や身振りから気づくことはないと思います。

ー整えるということは自分にとって必要なことだと思いますか?

はい、自分を管理するプロセスには欠かせないことだと思います。自分の見た目、着ているもの、姿勢などに自信があればあるほど、目の前の仕事に集中することができる。特に外見を整えることは、初対面の人が私のことを知るために重要なことだと考えています。

ー外見を整えるために、洗顔や髭剃りなど、日々のケアは欠かせませんか?

そうですね。毎日ちゃんと整えたいと考えています。手入れを行き届かせ、意識を高く持ち、注意深くいたい。毎朝、鏡の中の自分と向き合うことから、その作業が始まります。顔を洗い、髭を剃ることは、1日の最初の動作です。

ー音楽制作や表現に向き合う上で、自らを整えるためにどのようなことを行なっていますか?

私はアイデアが浮かんだときしか音楽制作をしないので、まずはコンセプトを充分考えて、レコーディング機材に向き合うようにしています。制作の仕方は、まず最初のコードを弾く段階でテーマの雰囲気らしきものを探し、必要になる以上のものを録音し、そこから本当に必要なものだけに削ぎ落としていきます。わざと自分のアイデアを使い果たして、そこから適切だと思うものを決めて使っていくわけです。このような制作の段階を経ているのは、自分がやってきたこと、次にやるべきことを振り返る時間が必要だからです。そのようにして、私が最終的に残す数少ない要素が、自分にとって意味があるものだと認識するんです。

ステージとフロアの境界線はより曖昧になっていく

ー『THE TRIP -Enter The Black Hole-』で制作されたZINEにはCOSMIC LABがAIで生成したというコミックが収録されています。ここに描かれている物語は、心を整えた先にあるもののように思いましたが、ああいったコミック的な表現を起用したのは、どういう目的がありましたか?

ファンタジー性をわかりやすく提示するために、さまざまなコミックのストーリーを制作し、ライブパフォーマンスの導入になるようにしたんです。その目的は、物語を通して意図を伝えること自体がコンセプトであることを知ってもらうことです。また、1度のイベントで、いくつもの短編や章を体験するという手法を提示したかった気持ちもあります。

制作されたZINEに掲載されているAIによるコミック。会場にはポスターが装飾として掲示されていた。

ー『THE TRIP -Enter The Black Hole-』は数年に渡って行われる予定があります。今後はどのような進化を遂げていくと想像できますか?

冒頭にも記述した通り、このコンセプトは、「宇宙の “そこにあるもの” を探検すること」、「誰も行ったことのないところへ大胆に行くこと」になります。この探検には、少なくとも、創造し、具現化し、体験するという、心構えと想像力が必要です。エンターテイメントのシーンにおいて、近い将来、多感覚的で奇妙な体験をすることが、より好まれ、支持されると予想しています。ゆえに、『THE TRIP -Enter The Black Hole-』はもっとオーディエンス参加型の要素増えていくのではないかと思います。ファンタジーと現実の境界線が曖昧になっていくような提示が多ければ多い方がよいので、ステージとフロアの関係性を再定義するような案やコンセプトがないかを模索しているところです。『THE TRIP -Enter The Black Hole-』の旅が観客にとって待ち遠しいショウになっていくことを期待しています。

Photography_Yuichi Akagi(Portrait) / Yukitaka Amemiya(Live), Text_Ryo Tajima(DMRT)


ABOUT AUGER

忙しい朝も、穏やかな夜も、人間らしさを取り戻す。身だしなみを整える時間は、自分と向き合う時間でもあります。自分の心に触れて日常を整えると、普段の何気ない時間が愛おしくなる。AUGERが提供したいのは、暮らしを「整える」心地よい豊かな時間です。

PAGE TOP